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コラム 地上の楽園「ケルムスコット・マナー」
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2025年 7月 20日

地上の楽園「ケルムスコット・マナー」

コッツウォルズにひっそりと佇む「ケルムスコット・マナー」は、モリスの美学と人生が息づく場所。


まるでおとぎ話の世界から飛び出してきたようなハチミツ色の石造りのコテージ「アーリントン・ロウ*」を抜けると、モリスが地上の楽園とまで称した「ケルムスコット・マナー」が姿を現します。

アーリントン・ロウ

*14世紀に羊毛の貯蔵庫として建てられた、はちみつ色の石造りのコテージ。17世紀には織物工の住居へと改築され、現在はナショナル・トラストの管理のもと、一般の人々が暮らす住宅となっている。

 

モリスはケルムスコット・マナーを初めて見た瞬間に一目惚れし、1871年にラファエル前派の画家ダンテ・ガブリエル・ロセッティと共同で借り入れました。ロンドンのハマースミスにある本宅とケルムスコット・マナーはテムズ河で結ばれており、一家はその間を船で行き来しながら、旅を楽しんでいたといいます。

ケルムスコット・マナー


しかし、多忙だったモリスはロンドンで過ごすことが多く、ケルムスコットでの生活は主に妻のジェーン、二人の娘、そしてロセッティが中心でした。やがてジェーンとロセッティの親密な関係が噂され、この「楽園」は、芸術と愛情が交錯する舞台にもなったのです。

 

ケルムスコット・マナーの庭園には、モリスが見た景色が今も広がり、彼が愛した植物たちが大切に守られています。そして、屋敷の中に足を踏み入れると、モリスのデザイン哲学が色濃く反映された空間が広がり、彼の息づかいが今もそこに感じられます。

庭園の様子


とりわけ印象的なのが、モリスが60歳の誕生祝いに妻ジェーンと娘メイから贈られたベッドまわりの刺繍作品です。

垂れ幕はメイによって制作されたもので、「ケルムスコットのベッドのために」というモリスの詩が刺繍されています。
ベッドカバーはジェーンによるもの。ゆるやかに結ばれた菱形文様の中にはさまざまな野の花が、また縁にはケルムスコットに棲む鳥や魚、毛虫や昆虫、そしてテムズ河の流れまでが細やかな刺繍で丁寧にあしらわれています。

 

モリスの死後、その遺体はこの地に運ばれました。ケルムスコット・マナーから少し歩いた先、セント・ジョージ教会の墓地に、モリスとジェーン、そして二人の娘の名が刻まれた墓石が静かに佇んでいます。

モリス一家の墓石


モリスが「地上の楽園」と称し、心から愛したこの地には、自然の美しさを慈しみ、手仕事に価値を見出し、理想の暮らしを追い求めた彼の魂が今も静かに宿っています。
そしてケルムスコット・マナーは、今なおその美しさに心を動かされる人々にとって、“心の楽園”であり続けているのです。

 


Kelmscott Manor

Kelmscott, Lechlade, Gloucestershire, GL7 3HJ

 

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